元をたどればすべては一つの神にたどり着く
「万教帰一」という言葉がありますが、それはすべての神の教えは唯一の神に帰着するという考えです。
世界に様々な宗教や教えがあったとしても、それらは唯一の神より流れ出したものであり、元をたどれば一つの神にたどり着くものであります。
それぞれの宗教や教えが異なっているように見えたとしても、根源的な根っこは同じであり、その同じ根からいくつもの茎が伸びて、葉が生い茂り、別々の花を咲かせているようなものです。
例えば、世界には多くの宗教や教えというものがあります。
キリスト教やイスラム教、ユダヤ教、仏教、日本神道などがありますけれども、それらは別々のものに見えて、実は一つの根っこから伸びている茎や葉、花です。
根本をたどれば、それらはすべて一つの神にたどり着くものです。
それはこの宇宙を創造された根源の神であります。
各宗教の神々は神そのものではなく、地球人類の指導者
「それぞれの宗教や教えで神と崇められている存在がいるのだから、神はそれぞれ別々なのではないか」と思われる人もいるかもしれません。
神とはキリスト教やユダヤ教では「天の父」とも呼ばれますし、イスラム教では「アラー」とも呼ばれています。
そして、神道においては天照大神が神のように崇められることもありますし、ヒンドゥー教ではブラフマンやヴィシュヌ、シヴァと呼ばれる人たちが神として崇められています。
しかし、それらの存在は神近き人たちではあったとしても、神そのものではなく、地球人類の指導者であり、地球という星のリーダーたちであります。
神は大宇宙をつくられた愛のエネルギーそのもの
神というのは、この大宇宙をつくられた愛のエネルギーそのものです。
大宇宙に存在するあらゆるものを生かし、育んでいるエネルギーです。
すべての神の教えはそこに結びついているものであり、この宇宙のあらゆる存在が神の子として、神の一部として命を分け与えられています。
宗教の中には人々を本来の神の教えから遠ざけ、迷わせるようなものもあるかもしれません。
しかし、そのようなものは本来の神の教えとは言えません。
どんな宗教や神の教えであっても、人間が神の子であるということが一番の土台であり、それを否定するような教えは本当の教えであるとは言えないと思います。
また一方で、一つの宗教や教えだけが絶対というわけでもありません。
同根から出たものであるということは、やはり他の宗教や教えの中にも、神に通じるものがあり、ある意味で、互いに補完し合っているとも言えるのです。
すべての宗教や教えは一つの神のもとにある
万教帰一とは、すべての宗教や神の教えは一つの神のもとにあるということです。
その神というのは、この宇宙に満ちる愛のエネルギーであります。
そして、宇宙のすべての存在は、その神の愛のエネルギーから流れ出し、神の一部として存在している神の子なのです。
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