原因結果の法則とは〜今を変えれば未来が変わる〜

神理

どんな花が咲くにもその種がある

どんな花が咲くにしても、その花の種があって、種がないと花は咲きません。それと同じように、どんな物事にもその種となる原因があり、そして結果があります。

考えてみれば当たり前で、当然のことのように思うかもしれませんけれども、すべてのことに原因があり、その結果が現れるということが、この宇宙の中で一つの法則として流れているのです。それが「原因結果の法則」と言われるものです。

結果が現れる前には、必ずその結果となるための原因があります。そして、結果として現れたものがまた新たな原因となって、次の結果につながっていくのです。

たとえば、今という時は過去が積み重なった結果として現れているものであり、そしてまた今という時が新たな原因となり、次の未来という結果につながっていきます。そのように原因と結果は分かちがたく結びついているものです。

この宇宙に偶然はない

今、たとえどんな偶然に思えるようなことが起きたとしても、それは決して偶然ではなく、自分で気づいていなかったとしても、その原因というものが必ずあります。

その意味で、この宇宙には私たちの人生も含めて偶然というものはなく、原因結果の法則の中ですべてが原因と結果の連鎖によって連なり、成り立っているのです。

この宇宙が存在しているのも、「この宇宙をつくりたい」という神の思いが最初にあって生まれたものです。なんとなく、たまたま生まれたなんてことは全くなく、神のご意志が最初のきっかけとなり、つくられたものです。

自らつくった原因の結果は自らが引き受ける

自分自身の身に起きてくることは、他の誰でもなく、良いも悪いもすべてその原因は自分自身であり、その結果を引き受けるのは自分以外にはおりません。

自分が愛の種をまけば、それがいつか愛の花となり、そして愛の実がなります。自分がまいた愛の種が原因となり、自分のところに愛の実が返ってくるのです。

もし愛の種ではなく、不調和な種やエゴに満ちた種をまき散らすのであれば、それに応じた花が咲き、その不調和な実を刈り取るのはやはり自分自身です。その結果によって自分が苦しいことになろうとも、それはやはり自分で受け止めなければいけません。

生きている中でどんな種をまいていくか。それはいつからでも自分自身で切り替えていけるものです。

もしこれまで不幸の種をまいてきたのであれば、今から幸せの種をまいていけばいいのです。これまでまいてきた種の結果は自ら引き受けなければいけませんけれども、それを受け取ったのであれば、これから新たな愛の種をまいていく。そんなふうにいくらでも切り替えて生きていけばいいのです。

花が咲くのは今回の人生の中だけではない

まいた種の結果は、今世の中だけで現れるものではないかもしれません。この先の来世以降の人生の中で、今回の人生の中でまいた種の花が咲き、実となることもあります。

逆に、今の人生の中で、どうしてこんなことになっているんだろうという、理由の分からない結果が現れているとき、それは過去世にまいた種が一つの花として今咲いているのかもしれません。

人はこの世での寿命を終えて死んだからと言って、自ら作った原因が消え去ってしまうわけではありません。魂というのは生き通しの永遠の命を持ち、過去世においての人生をもって、今世の人生が形作られ、そして今世の人生をもって、また来世の人生につながっていきます。

それはまさに「因果応報」という言葉通りであって、良いことも悪いこともすべて自分のしたことが自分に返ってくるということです。それは今生きているこの人生の中だけの話ではなくて、今回の人生を越えて次に生まれ変わったときもそうですし、前世で生まれていたときの因というものが一つの果となって今受け取っているということでもあります。

だからこそ、今というこの時にどう生きるのか。それが極めて大事なことであり、どんな小さなことでもいいから愛の種をまくような生き方をしていけば、いくらでもこれから先の人生は変わっていきます。

過去は変えられずとも、今を変えれば未来は必ず変わるのです。

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