赤色光線とは何か
神の七色の光の中でも、ひときわ力強く、立ち現れてくる光線があります。
それが「赤色光線」です。
赤色光線は、正義を司り、時に奇跡を伴いながら人類の歴史を大きく動かしてきました。
赤色光線は正義の光線
赤色光線は「正義」の光線であります。
それは何の正義なのかというと、神の正義であります。
神の思いがどこにあり、神から照らしたときの本来の正しさとは何なのか。
その神の正しさに基づいて、社会を律し、導いていく力であります。
つまり、赤色光線というのは、指導者の光線でもあるのです。
政治家や官僚、軍人など、社会を導く立場にある人々は、この赤色光線のもとに使命を担っています。
赤色光線を受け持つ九次元霊のモーゼ
太陽から送られてくる神の光は、九次元霊のエル・ランティによってプリズムのように七色に分光されています。
その中で赤色光線を担当し、受け持っている九次元霊のがモーゼです。
モーゼも九次元霊の一人であり、天上界ではモーリャと呼ばれています。
モーゼは、単なる宗教指導者ではなく、民族を導いたリーダーでもありました。
当時、紅海が真っ二つに割れたり、天からマナという食物が与えられたり、神の教えとしての十戒が授けられるなどの多くの奇跡が起きました。
この赤色光線というのは別名、「奇跡」の光線とも呼ばれております。
様々な奇跡と思えるような現象を起こす際に、働きかけている光線でもあるのです。
正しき者は強くあれ
赤色光線の最も重要な教えは、非常に明快です。
それは「正しき者は強くあれ」ということです。
神とは強きものであります。
真実なる者は強くなければなりません。
正義に生きる者は、正しいものを正しいとして打ち出す際に恐れてはいけないし、怯んでもいけません。
そして、間違った教えや行動に迎合してもいけません。
それらを跳ね返していきながら、真実なる神の正しさを貫くということです。
神の奇跡はどのように現れるのか
奇跡は偶然ではありません。
それは、信じる力に応じて現れる神の働きです。
神のエネルギーは無限ですが、神の子である私たちの心が閉じていればそれは流れ込みません。
心を開いて神の力を信じるとき、そこに神の奇跡が現れます。
神を信じる力が大きくなればなるほど、神の奇跡も大きくなって現れてくるのです。
信じる力が強いということは、すでにその奇跡を受けるだけの器があるということです。
逆に言えば、奇跡が起きないのは神を信じる力が弱いのです。
「愛」と「正義」は相反し、矛盾しているのか
あらゆるものを包み込んで生かそうとする愛。
一方で、悪なるものは悪なるものとして正そうとする正義。
この二つは、一見すると対立し、相反するもののように受け取られることもあるかもしれません。
しかしながら、そのどちらも神から流れ出している個性であることに違いはありません。
愛というと、優しさに寄りがちですが、不正には不正として対する厳しさというものも必要なのです。
邪悪なものをただ受け入れているだけでは、本当の意味でその相手が善くならず、人を生かすことにならないということもあるのです。
大切なのは、愛と正義を両輪として生かすことです。
魔と戦い、神の法を守る戦闘系の魂たち
赤色光線の魂たちは、「戦闘系」と呼ばれることがあります。
戦闘系というのは、魔と戦うことを専門にする人々のことです。
神の法が説かれる時に、法を説く者や人びとを魔から守る役目を担っています。
天上界でその陣頭指揮を取っているのが、ミカエル大天使です。
ミカエル大天使は七大天使の天使長であり、モーリャとともに赤色光線を担当し、魔の討伐にも当たっています。
地獄界の浄化
赤色光線の働きは、地獄界の浄化にも及んでいます。
モーゼやミカエル大天使をはじめとした赤色光線の魂たちは、地獄の深部にまで降り、そこにいる魂たちの説得と救済にも当たっています。
地獄界というのは、怒りや憎しみなどのマイナスのエネルギーに満ちた世界です。
その中で赤色光線の者たちは、厳しい言葉によって目を覚まさせ、わずかでも反省の心を持つ魂を引き上げていきます。
それは裁きではなく、見捨てないための強い愛です。
赤色光線とは、闇の中にあってもなお神のもとへ、光のもとへと導く力なのです。
まとめ:神の愛と正義を生きる者たち
赤色光線は、単なる「力」ではありません。
それは、神の正義を実現するための光線です。
神とともに正しき道に立つとき、見えないところで大いなる力が支えています。
信じ、そして、行動すること。
そのとき、奇跡は動き始めます。


