自分の代わりなんかいくらでもいると思っている人もいるかもしれませんけれども、それは人間を機械か何かのように、代替の利くものと捉えている考えから出てくるもので、本当はそうではありません。
たとえば、仕事などにおいては、人が抜ければその人の代わりになる別の人を補充して、全体を回していかなければいけないことはあります。
ただ、それをもって自分の代わりなんかいくらでもいると言うのは、あまりにも根本的なことが抜け落ちているのであって、その仕事は回ったとしても、その代わりの人が自分と同じようにコピーのように仕事をするかというと、そんなことは決してありません。
それは個性も違うし、それまでの人生経験も違うし、仕事をする上での役割のようなものは似ていたとしても、全く同じ人はこの宇宙にはいないのであって、一人ひとりに与えられている個性というものは唯一無二のものです。
人をただの歯車のように、無機質なものとして捉えていくのは、本質的なことが見失われているからです。
その人にはその人にしかできないことがあります。それは、一人ひとりがそのようにつくられていて、重なって重複するようなものではなく、かけがえのない個性を一人ひとりが持っているということです。
あなたの代わりはあなた以外には誰一人おりません。
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自分の代わりはいくらでもいる? - ヒカリのトビラジオ | stand.fm
人は機械のように代わりがきくのか。 それとも、代わりのきかない唯一無二の存在なのか。