感謝を忘れたときに人の不幸が始まる

幸せになる生き方

野菜を食べられるのは当たり前?

いつも行く近くのスーパーマーケットに、産地直送の野菜などが置かれているコーナーがありまして、農家の皆さんの名前や顔の写真が貼ってあります。

そこには農家の皆さんがどのような思いで野菜を育てていらっしゃるのかがメッセージとして貼ってあり、それを読むと、とても温かい気持ちになります。

我が家では、サラダを食べることも多くて、野菜を食べられることを当たり前に思っていますけれども、その当たり前の裏側には、それを心を込めて育て、作ってくれる人がいるということです。

感謝の心を忘れたときに幸せは遠ざかっていく

私たちは誰かがやってくれている当たり前のことを当然のものとして生きていることが多いのではないでしょうか。そして、そのことに気づかず、感謝を忘れていることが多いのではないでしょうか。

「農家だって商売でやっているのだから、こちらもお金を払って買っているのだから、むしろ買っているこちらに感謝をしてほしいくらいだ」

そんなふうに思っている人もいるかもしれません。しかし、はたしてそうでしょうかということです。

人は感謝の心を忘れたときに幸せから遠ざかっていくのではないでしょうか。与えられて当たり前だと思い始めた時から不幸が始まっていくのです。それは言ってみれば、人間の思い上がりです。

人間に必要なものはすべて神が整えられている

野菜が食べられるのも決して当たり前のことではありません。それを作る農家さんの努力はもちろんですが、それだけではなくて、大地の栄養、水、太陽の光など、様々なもののおかげで野菜は作られていくものです。人間の力ではどうにもならないものが無償ですべて私たちには与えられています。

それらを無償で与えてくれているのは誰でしょうか。人間が肉体を維持し、生きていけるようにしてくれているのは誰でしょうか。

それは究極的には、親である神であります。人間に必要なものを神はすべて用意されて、与えてくださっています。親が子どもに必要なものを与えるように、私たちの気づかないところで神はすべてを整えてくださっているのです。

どれだけ自分たちが与えられていたのかという事実に気づくとき、初めて感謝の気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。

自分から与えることで人は幸せになっていく

感謝を忘れたときに不幸が始まると先ほど申しましたけれども、それはもらうばかりで、お返しをしていこうという気持ちがないからなのです。相手から愛を奪うばかりで、与えようという気持ちにならないとどうなるのか。

そこに出てくるのは不満や愚痴、足ることを知らない心がムクムクと湧き上がってくるのです。

そうなると、自分も何かできることで恩返しをしていこうという気持ちにはなりません。人は与えられるだけでは幸せにはなれません。どれだけすでに与えられているのかに気づき、それに対する感謝から、今度は自分が与えていくことで幸せになっていくのです。