最も価値あるものは愛

愛の実践

お金や地位より価値があるもの

私たちにとって本当に価値のあるものは何でしょう?

それは「お金」だと考えている人もいるかもしれません。お金をたくさん持っていたり、たくさん稼げることが一番偉いし、価値があるんだと思って生きている人もいると思います。

また、中にはお金ではなく社会的な「地位」が一番価値があるんだという人もいるかもしれません。地位のある人が偉くて、大きな影響力も持っていて、そういうものが大切なんだと思っている人もいると思います。

ところが、お金や地位よりも大切で、価値のあるものがあるのです。それが「愛」というものです。

この世もあの世も貫いて最高に価値あるものは愛

お金や地位というのは、今私たちが生きている物質的なこの世の世界を生きていく上では役に立つかもしれませんけれども、死んでしまえば何の役にも立ちません。

あの世に帰ったときに、この世でどれだけ多くのお金を持っていたからと言っても何の評価もされませんし、この世で高い地位についていたからと言っても誰も評価してくれません。

この世もあの世も貫いている最高に価値あるものとは愛であって、それはお金や地位などとは比べ物にならないほど価値のあるものです。

愛深く生きた人であれば、あの世に帰ったときには多くの人々から拍手を持って迎え入れられます。生きているときにどんなにお金をたくさん持っていたとしても、どんなに地位が高かったとしても、その人に愛が欠けていればやはり何の尊敬も受けませんし、讃えてくれる人もいません。

愛とは優しさであり、親切さ

愛とは抽象的でよく分からないと思う人もいるかもしれません。愛をもっと噛み砕いて言うのであれば、「優しさ」や「親切」とも言えます。人に優しくしたり、親切にしたりすることも愛の表れです。

また、人の苦しみに寄り添うということもそうです。その人の苦しみを自分自身の苦しみのように感じて、相手を励まし、力づけて、助けること。それも愛ではないでしょうか。

もし、自分を偉いものとしておごり高ぶって生きているのであれば、それでは愛が深いとは言えないでしょうし、周りの人たちもその人を見て、このような人になりたいとは決して思わないのではないでしょうか。

誰もがみんな、心で自然と愛を感じ取っているものです。心のセンサーで直感的に愛を感じ取っているものです。

地球だけでなく大宇宙に満ちている愛

私たちにとって最も価値あるものが愛であるということ。それは一部の人だけに当てはまるというものではなくて、人類すべてにとって共通して普遍的に価値あるものであるということです。

愛は人種や宗教なども超えて、根底に共通している最も尊いものであり、話す言葉が違っても、文化や風習が異なっても、私たちは愛でつながっています。心と心で愛をもって通じ合えるのが私たち人類です。

そして、愛とはこの地球だけではなくて、大宇宙すべてにおいて最も普遍的かつ根源的なものであり、この大宇宙には限りない神の愛が満ちて、愛一元の世界が展開されています。

私たち一人ひとりがこの大宇宙の中で、愛の表現体そのものであるということに気づいたとき、自らでしか表現できない愛をいかにこの世界で表していけるかということだけがそれぞれに問われていることです。

ですから、もしお金や地位があるならば、それを他の多くの人々の幸せのために、愛のためにどのように生かしていくか。それとも、自らのエゴのためだけに、欲望のためだけに使うのか。それが問われているということでもあります。

実際、利他の心でもって人々の幸せのために生きたほうが、自分自身の心も大きな幸せに満たされるものです。なぜなら、私たち神の子はそのようにつくられているからです。愛を表現して生きることで心からの喜びや幸せを感じるようにつくられているからです。