私たちは肉体を持って生きている限り、手で触れるものや目に見えるものに意識が向きがちで、物質的なものにとらわれがちなのは、ある意味で仕方がないところもありますけれども、実際には霊的な存在です。
肉体が消え去っても消え去らないものがあり、それこそが私たちの本当の姿です。それは目に見えないから存在していないのではなくて、自分たちが肉体を脱ぎ捨てれば、霊的な目で見えるようになるものです。
普通は肉体の目には見えませんけれども、霊視などができる人からすれば、この世の住人とあの世の住人とは、どちらもほとんど同じように見えています。
中には、子どもの頃には見えないものがよく見えていたという人もいて、そういう子はほとんどこの世の人とあの世の人の区別がつかない中で生きているので、「あそこにあんな人がいる」と親に言っても、親には見えていないので「変なことを言うんじゃない」と怒られたりして、全然信じてもらえなかったりするわけです。
「おかしな人だと思われるから、そういうことは言わないようにしなさい」と親に注意されたりすることもあるわけですけれども、でも本当は子どものほうはおかしいわけでもなんでもなく、当たり前のものとして見えているので、ウソをついているわけでもないのです。
私自身はそのように見えたり、聞こえたりすることはありませんが、私の友人の一人はやはりそのように見えるという人がいて、この世の肉体を持っていない霊は、もやがかかっているように見えると言います。
あの世は「実在界」とも言われますけれども、あの世のほうが私たちの本来の世界であり、そこで人は永遠の時間を生きているのです。
誰もが死んで肉体を脱ぎ捨てれば、霊的な世界のほうが今度は当たり前の世界になり、反対にこの世に対する意識のほうがどんどん薄れていくものです。
いっときこの地上で肉体に宿って様々な経験をしたことも、やがては魂の中の一つの記憶となり、一つの思い出となっていきます。